カテゴリ:私、こう思う( 149 )

そろそろ既成観念を手放そう

私は「自由」とモットーにして生きている。身勝手な自由でなく、心の自由。
高3のお嬢にも常々「自由と責任は表裏一体」などと、いかにもなことを言って自由を与えている(つもりである)。
何時に寝ようが、遅刻しようが、勉強しまいが、どんな部活に入ろうが、自分のお金をどう使おうが。聞かれたらアドバイスはするが、基本的には自由にさせてきた。その変わり弱音を吐かず、責任をとれるようにと。まぁ、はなっから親のアドバイスなんて聞いてない。

最悪の成績のまま、2つの部活に入ると報告してきた時は、さすがに止めるべきかとも思ったけれど、「好きになさい。やるべきことは責任とるように」でとどまった。先日それらの部活生活も終わったが、よくやり遂げたと思う。

最近お嬢が進学先を選ぶにあたり、困ったことを言ってきた。

ひとつは家を離れるということ。「お風呂とトイレが無いところに住んでも行きたい大学がある」というから、なんとかしてあげなければしかたないというのは親心。これは仕方ない。
困ったことは、彼女の第一希望の大学が、第二希望より偏差値がうんと低いということ。希望の順番がおかしい。
学びたい授業があり、習いたい先生がいるのがこの2つの大学で、どちらも捨てがたいが、基本的には第一希望が受かれば他は受けないという。

ちょっと待てと。
世の既成概念では、大学というのは偏差値がより高い方が第一希望ではないのかと。学部が違うとか、そんなに偏差値が変わらないならまだしも、偏差値からみると何十点も違うほうが第一希望とは....。

自由がモットーと言い続けてきた私が、「つぶしが効かないよ」というのも信条に反するけど、つい言ってしまった。

もちろんお嬢は「それはわかってる」という。そりゃそう言うでしょう。
「自由と責任」をふりかざしながら、私自身、実は既成概念で凝り固まっているかもしれない。

師匠の桧山タミ先生にお伺いしてみた。

「本人が行きたいところに行かないとね。習いたい先生で大学を選ぶのが一番。成績がいい大学に行けば幸せなら、日本はもっと豊かになっとるからね。」

先生のように少しづつ既成概念から解き放たれたいなぁと思う。


8/7(月)18:00は桧山タミ先生の出版記念トークショー。楽しみです。台風来ませんように。




by kitchenparadise | 2017-08-05 12:52 | 私、こう思う

105歳 日野原先生のことば

日野原先生が105歳でお亡くなりになった。先生の本は、飽きることなく何度も何度も読ませていただいた。医師としての実績はもとより、その裏付けをもとに人としての生き方を示し、実践した功績はすばらしい。先生の言葉ひとことひとことに大変感銘を受けた。

「歳をとることは楽しい冒険である」という日野原先生の言葉は、私の師匠である料理家の桧山タミ先生(91)にもつながる。桧山先生も、今週発売(7/28)の「いのち愛しむ、人生キッチン」の著書の中で「好奇心やおもろがりの精神は歳を重ねても枯れない」とおっしゃっている。

50歳を目前にした私たちのほうが、もはや人生に疲れを感じ始めている。

日野原先生は、人生最後に向き合った「死」についても、「死とは生き方の最後の挑戦」という言葉を残されている。
今年3月に自ら「脱水症状だと思う」と訴え入院され、その後は延命治療を望まずに退院された。人口呼吸器や胃ろうも拒まれたそうである。穏やかに生を閉じられたそうだ。

講演や著書で残された言葉通り、生涯現役にこだわり、望ましい生き方、人生の終わり方を実践された。多くのひとたちに、とてつもない勇気を与えてくださった。先生のいう「生涯現役」というのは「仕事そのもの」でなく、生きることに向き合う、挑戦するという意味ではなかったかと思う。その生き方を「生涯現役」といっていいと思う。

どうすればこんな風に歳を重ねることができるだろうか。そればわかるまでは死ねないなぁと思う。




今年は桧山タミ先生の著書の編集に携わり、半年を送ってきた。
ようやく、今週の7/28(金)に発売日をむかえる。

私がこのような本を作るお手伝いをしようと思ったのは、桧山先生に憧れているのはもちろんのこと、日野原先生の本を読むにつけ、未知の世界のすばらしい体験者のことを知りたいと思ったからだと振り返って思う。生きる先に希望と勇気を示してくださる日野原先生ように、強く、優しく、謙虚で、穏やかな方々のことばを糧にして生きていきたいと考えたからである。医師としての日野原先生、料理家として母としての桧山先生、その生き方は、多くの人たちのバイブルになると思う。

日野原先生のご冥福を心からお祈りします。

by kitchenparadise | 2017-07-24 18:38 | 私、こう思う

加減を知るということ

7月28日に文藝春秋より発売の桧山タミ先生の本、
「いのち愛しむ、人生キッチン」は、
予約がとても好調のようで、大きな告知が始まっていないのにもかかわらず、いくつかのカテゴリー別ランキングで1位をいただいています。さっそくご予約いただいた方々、ありがとうございます。

文藝春秋のHPで紹介されていています。(ネット書店にも飛べます。)

この本は、子どものことや夫婦のことで悩んだ時、年を重ねても健やかに生きる術を知りたい時、自然と食と身体の大切さに気が付き始めた時、そんな時に「世の中のほんとう」を知り、豊かに生きるバイブルにしていただきたい本です。

ぜひ、立ち止まって悩んでいる身近な大切な方々にもお知らせください。きっと「がんらなくていいわよ」という先生の言葉が優しく背中を撫でてくれると思います。

桧山タミ先生がなぜ92歳まで、こんなにも楽しく、現役で生き生きと、外に出なくても多くの人に囲まれて豊かに過ごしておられるのか、その生き方からきっと多くの学びがあると思います。

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「いのち愛しむ、人生キッチン」の本の中で、五感を使うことの大切さを、先生はたびたび綴っています。

「手に勝る道具なし」という箇所です。

(また発表ですが、本文より)

「手で食材に触れて鮮度を見極めたり、手に持って重さを計ったり・・・・。せっせと手を働かせて、からだで覚えた積み重ねの感覚は、何年経っても忘れません。無人島に行っても何もなくても、このふたつの手という道具があれば、なんとか生きていけるって、のんきにつぶやけますよ。」

本の中の約20のレシピを仕上げるにあたって、先生と何度も書き直しました。それは、調味料の加減、火加減は文字には言い表せないと桧山先生が強くおっしゃたからです。どんな塩を使うかで小さじ1かそれ以下か、または小さじ2になるのか全く違うのよと、先生は言われます。火加減でも美味しく炊けるには自分の目で見ることが大切だとおっしゃいます。

「加減を知る」、そしてその加減をずっと手放さないということが、先生がいつまでもお元気で長生きの秘訣だと思います。


余談ですが、昨日6/28の天声人語はカナダの氷上で猟をするイヌイットの話でした。イヌイットたちは星や風、海流などの知識をもとに自在に移動してきましたが、21世紀になって人工衛星を使ったGPSに取って代わってから、深刻な事故を引き起こすようになったと。藤井4段のお祝いムードと将棋ソフトで練習したということから派生した話ではありましたが、なるほど便利なものがある世の中は、それをどう生かすかも、加減を知ることなのだなと思った記事でした。


先生の本、「いのち愛しむ、人生キッチン~92歳の現役料理家・タミ先生が見つけた幸福術~」はアマゾンでも買えます。

キチパラでもそのうち買えますが(笑)、人気のあまり初版がなくなると大変なので、ネット予約でも結構です!
アマゾンならこちらです。



by kitchenparadise | 2017-06-29 13:00 | 私、こう思う

仕事が忙しくても料理が楽しい理由

白石一文さんの本「彼が通る不思議なコースを私も」に台所恐怖症(台所症候群)の母親がでてきます。
台所恐怖症とは、食事の支度をしようとするとめまいやむかつきがでて包丁が握れないというこころの病。
料理を作らねばならない、子どもを育てなくてはいけないという過大なプレッシャーから逃れられず、食事を作るのがむなしい、怖いという心理状態に陥る病気らしいです。全くわからないでもないです。そこまでなくても、キチパラにこられる方には、「手を抜くことが悪いことに感じる」「結局、デパチカやコンビニになってしまい落ち込む」というご相談も多いのです。

わたしは娘が0歳で会社を立ち上げ、1歳5か月でお店を始めました。きっと周りからみたら子供を育てながらお店も持ちたいなんて、なんと身勝手だと思われたに違いありません。ですが、祖母もずっと仕事しながら片親で4人の子を育てていたし、母も働きながらさっさと料理を作って大勢の人をもてなすような人だったので、仕事をするのが当然だと思っていたのです。

しかしそんな両立がうまくいくのは、昭和の時代や田舎に住んだりして大家族で子供を育てていた頃の話。夫婦と子供だけの家庭ではそうはうまく運びません。父は仕事のことしか考えず家事をしなかったからか、私も夫に料理を頼む考えが浮かばなかったので、結局自分にのしかかります。当時の私はプレッシャーというより、「もっとちゃんと料理をしたいのにうまく時間がとれない」という自己嫌悪や焦りのような感情が入り混じっていました。

たまに料理を習いにいっても、結局は習った手間のかかる料理は作る時間を持てず、冷蔵庫に貼ったレシピを見るたびにため息をついたものです。「学校から帰ったら母がシュークリームを焼いてくれてけど、私にはそんな時間なくて娘が可哀そうだなあ」「買ってきた餃子を焼くだけなのは、今週3回目だなぁ」なんていう申し訳なさにとらわれたものでした。

そんな時、料理家の桧山タミ先生に言われたのが「おやつにおにぎりで十分やない?」という言葉。
「そのかわり美味しい美味しいおにぎりを作って置いておいたら。おにぎりなら1分で作れるやないの。」
お嬢が好きなパンや、どこぞの有名店のケーキを食べて喜ぶのをみて安心していた私は、愛情のおきどころをズバリ指摘された気がしました。大事なのは、お嬢の健康を考えながら空腹と満たしてあげること。これ以外のことにはとらわれてはいけないと、考えを変えました。

それから、私の小さな目標は「短い時間で家族の体に良いものを少しだけ作る」こと。
見せかけの豪勢な食事や品数にこだわるのは止めにしました。

例えば、八宝菜を作るつもりでできない時は、木の蒸し器でただ蒸すだけに変更。美味しい豚なので間違いなく美味しいはずです。
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出汁をとっておいて、鶏肉をミンチにしておけば、野菜とともに一人分の小さい土鍋で温めるだけの鍋が。
小鍋はとても便利で、いつまでも温かく食べられます。
帰宅して出来上がるまで10分。たくさん野菜をいれれば栄養も満点です。

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5分しかない時は、ソーメンを茹でて、キャベツとにんじんの蒸し。千切り器もスグレモノを使うとあっという間です。
無水鍋なら大匙2、3倍の水を沸かすだけだし、あらかじめ蒸した鶏肉や豚肉があれば豪華なサラダになります。

毎日作るおにぎりも、だんだん美味しくなりました。塩にこだわり、米にこだわり、海苔もいいのを見つけました。
そして道具屋という職業を生かし、一番美味しくできる土鍋をいろいろ試しました。
私が道具のテストを始めたのもこのころです。


ハンバーグやお肉も、フライパンによって調理にかかる時間が全く違うこと、火の通りやうまみの残り具合も違うことがわかりました。

お店を経営していると寝る暇もないほど仕事に追われる時もありましたが、プレッシャーや自己嫌悪に陥ることなく料理が続けられ、しかもだんだん楽しくなっていったのは、道具や素材の知識が増えて、簡単に美味しくできるコツがわかったからだと思っています。

それは、大嫌いだった英語が好きになった経験にも似ています。偶然好きな先生に出会い、その先生の影響から自ら進んで英語を勉強するようになり、成績も上がり、さらに英語が大好きになっていた高校生の頃のことです。大学生の頃のは日常会話を英語にして遊ぶほどになりました。(笑)


そうなんです。
思いがあれば、たとえ時間がなくても大丈夫。料理は、道具、素材、レシピなど、知れば知るほど楽しく簡単になってくるのです。誰からか褒めてもらおうなんて思いません。お嬢が大きくなった時に、「時間がなかったママだけど、心はこもってたんだよ」というメッセージが食卓の記憶ともにゆっくり伝わっていればいいなあと思います。







by kitchenparadise | 2017-06-02 12:42 | 私、こう思う

物を捨てる蛮勇

蛮勇【ばん・ゆう】とは、

事の理非や是非を考えずに発揮する勇気。

向こう見ずの勇気(デジタル大辞典より)

近頃、どんどん物をすてて断舎利する人たちのことを、「物を捨てる蛮勇」と言い放ったのは、かの有名な作家、桐島洋子さん。
50歳からの聡明な生き方~しなやかに人生を楽しむ37章」の一節だ。

GW中、偶然本屋で見つけたこの本を読みながら、電車の中やカフェの待ち時間に何度ふきだしたことか。おかげで良い休日となった。
30年以上も前「聡明な女性は料理がうまい」というベストセラーを世に出した桐島さんだが、主婦をひとまとめにした上から目線の物言いには、一部異論もあった。(以前書いたブログ、2014/2/18「聡明な女性は料理がうまいへの反論」)
しかしながら古希を過ぎてもなお、こうもお元気で、自由で、歯に衣着せぬ物言いをなさる女性には、もはや尊敬の念しかない。


「50歳からの聡明な生き方」は、あなたたち「聡明」の意味が分かってる?っていう日本女性への問いかけに終始している。
頭の中身だけではなく、心のありようだと。
知情意のバランスが絶妙で、人柄品格も申し分ない人を「聡明」というのだよと。
本物を見抜く目を磨き、それを人生のお守りにすべきだと。
アンチエイジングなんてナンセンスであると。
そんな調子が最後まで続く。

桐島節全開の爽快な内容であったが、とりわけ共感したのが「物を捨てる蛮勇」のことを書いた部分。
*****************************************************
近頃、物を捨てる蛮勇がもてはやされ、ガラクタは勿論、高価な家具だろうと、ブランド・ドレスだとうと要らないと決めたらもう迷わず、トラックいっぱい潔く捨てまくったとか、とくとくと書いている人もいて、「この罰当たりが」とムカついてしまう。
そんなにじゃんじゃん気楽に捨てるから、地球がゴミで埋まりかけるじゃない。要らなくなるようなものは初めから買いなさるな。物の生命をいとおしみ末永く付き合う覚悟で選りすぐったものを買おう。
(第二章 上質に暮らすから)
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物を売る商売をしていながら、物を買うな捨てるな、という考えに同調するのはとても仕事にならんと思うが、本当にそう思っているから仕方ない。
私がそう思ったのは、「人生がと〇めく片付けの魔法」を読んだ時。

例えば若いうち、特にモノを知らないうちは、「すし桶なんてかびるものはときめかないから捨てる」であろうし、「着物なんて母から受け継いでも着ないから売る」かもしれない。底の浅い知識や経験で、早いうちにときめくかどうかで決めるのは、非常に危ないと、そう思った先輩方は多いであろうと思う。

すし桶やおひつが一生もので家族を豊かにする道具であることや、着物が体型がこわれてからこそ着甲斐があることなど、よほど母から叩き込まれない限り、若い時にはわからないだろう。
29歳で結婚した私も、何もかも知っているつもりでいたが、31歳で娘を産み、33歳で店を経営し始めてから初めて、母や祖母が言っていたことがゆっくりゆっくりわかり始めたくらいだ。結婚してから学ぶこと、子どもを育ててわかること、身内や自分が病になってわかること、誰かと出会ってきづくこと、その時々で何が大切かが変わってゆく。いまでさえ「ときめく」「ときめかない」で決める勇気はなかなか無い。おそるおそるだ。

とはいえ、キャッチーでわかりやすいものをみんなが求める風潮が蔓延している世の中では、ときめき流行は仕方ないのかもしれない。

ただし、「捨てなくてよいものを揃えるということ」、これだけは早いうちに自分の指針として見極めたほうが人生は豊かだと思う。

ごらんあれ。桧山タミ先生が揃えている道具はほとんどが昭和30年代からのもの。
この先生にときめかないものがあるとしたら、それは間違いなくそうだろうと思う。

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by kitchenparadise | 2017-05-08 14:35 | 私、こう思う

やさしい返事計画

今日、福岡は暑いです
「今日は暑くてしかたないね。25℃ってよ。」そう言われたら、あなたはなんと答えますか。

「あ~ん、焼けそうでイヤだ~。」「まだ夏物洋服だしてなかったのに~」「水分取らんと熱中症になるよ。」

まぁ、いろいろと返事の仕方はあると思います。

先日、こんな猛暑日にある常連のお客様に「暑いですね~」と声をかけたところ、
「ビールが美味しそうね~。」という返事が返ってきました。

なんと、爽快なお返事。

「暑いよね~、」と声をかけられ「暑いですよね~。」と同意するのも悪くないけれど、
ビールが美味しいって言われたら、なんだか暑さもふっとびます。

「娘が最近反抗するのよ。」そうある友人に電話した時の友人の返事、
「そんなに大きくなったのねー。将来が楽しみね。」
友人のおかげで、グチがグチじゃなくなってしまいました。

一見マイナスな言葉だとしても、相手の優しい返事しだいで、こんなにも気持ちがプラスになるのだと思いました。

お付き合いしている彼女から「どうしていつもすぐに返事くれないの?」と言われたら男性はなんと答えます?

「仕事中返事できるわけないじゃないか!」といえば喧嘩になるけれど、
「すぐ返信できず心配かけたね。」といえば彼の思いやりを感じます。

書類を締め切り後に提出してきた部下に
「いつまで待たせるんだ」という代わりに「待ってたよ。」はどうですか。

たったひとことの返事に思いやりがくっついてくるような感じ。そんな上司ならついていきたくなるでしょ。


まだ寒いのに短パンをはいて颯爽とお店にこられたご常連料理の先生との会話。
「寒くないですか?こんな短いとまわりの視線感じませんか?」
「み、せ、て、る、の。(ニンマリ)」

上級者編。まいりました。


せっかく会話するなら、相手のことを考えた返事をしましょうよ!
「やさしい返事計画」です。








by kitchenparadise | 2017-05-01 16:32 | 私、こう思う

お手洗いは入口から遠いほうを使え

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「プレジデント」の5月1日号は「できる大人の満点マナー」という特集でした。そのインタビューに野村HDのCEOの
「お手洗いは入り口から遠いほうを使いなさい」という記事がありました。

こんな内容です。

会食では、入り口から遠いところが上座にあたるのはごぞんじのところ。目上の方やお客様に奥に座っていただき、自分は入り口近くに座るのがマナーですが、

では、お手洗いはどうですかって話。

お手洗いは会食と逆。入り口から近いところは忙しい人のためのものだから、急いでいないなら自分は奥を使ったほうが相手に失礼がないですよと。この永井さんというCEOは、のちに会長になった方にそのことを教えられ、その方は会長になっても「昔のクセがなおらない」と奥を使っていたといいます。

そのほかにも背の高い上司が相手に威圧感を与えないように、かがむのではなくさりげなく少し足を開いて立つこと、ゴルフプレーでは競争でなく相手に楽しんでもらくことがマナーだと書いてありました。

ところで、キチパラでは毎日多くのお客様にメールをいただきますが、とても気遣いのあるコメントを送ってくださる方もおられ、頭が下がります。
例えば、商品が入荷待ちという私たちからのお詫びメールの返信で「急ぎませんので、ゆっくりでかまいませんよ」とか、「早々にお返事いただき助かります」など。お会いしたこともないお店の私たちに温かさを感じるメールをご返信くださるのです。そのようなメールをいただくたびに、スタッフ一同みんなで読んで感謝しています。勉強になります。


「できる大人のマナー」というキャッチーなタイトルはあまり好きではありませんが、本当の大人は、このような言動があたりまえにできる、こころに余裕がある人のことなのだろうと思います。表面的なことにとらわれず、上司と部下、お客と店といったような上下の関係性などにも縛られず、相手にとって何が必要かを考える心をもっている人。

そういえば、劇場の幕間のお手洗いはいつも長い行列ができていますが、みんながみんな急いでいるので我先にと近くからどんどん入っていきます。ちょっとしたことですが、自分が奥から入ってあげれば後の人は少し早く便利になるってことなのですね。気が付かなかったことです。今度からそうしましょう。学びを続け、相手をおもんばかるということがあたりまえにできる大人になっていきたいものです。


by kitchenparadise | 2017-04-24 14:12 | 私、こう思う

100%の愛情

雑誌の記事で、姉妹間のねたみやひがみでライバル関係になり、家を出たあと連絡も取り合わなくなったと読んだ。

姉は言う。妹のほうが成績がよくてかわいがってもらった。
妹も言う。姉は母に甘えすぎている。お金ばかりせびって。
どちらがかわいがられたとか甘えたとか、姉妹で母の取り合いらしい。

兄弟姉妹でなくても似たような感情はある。相手は人ではなく、仕事だ。
「仕事とわたし、どっちが大事なの?」女性がたまに聞いてしまう。
「君だよ」と言ってほしいという、単なる愛情確認か、甘えなのか?
ちなみにそう聞かれたら「そんなさびしい思いさせてごめんな。」といい、答えを出す必要ないのではないかと思う。
男性は、だいたい仕事と彼女を比べたことなんてないでしょう。え、比べるのかな?

どうやらそのような人たちは、愛情はパーセンテージで決まると思っているのではないか。
母親の愛情は100%のうち、80%が妹で、20%しか私には無いというふうに、目減りすると思っているに違いない。

他に気持ちがいくと目減りするから、
仕事に90%の時間を費やすと彼に心配になったり怒ったりしてしまうとか、
妹をかわいがると腹がたつ、ってことになる。

私は母の愛情は目減りしないと思っている。

私は3人兄弟の真ん中なので、ほかの二人より(たぶん)あまり手がかかっていない。
2つ上の姉の塾には毎日父が送り迎えしていたけれど、私は自転車で往復していた。最近になって「なぜかお姉ちゃんだけは送り迎えだったなぁ。」と父から聞いたけれど、それは姉のほうが性格的に心配だっただけだと思う。
弟は日本と海外の2つの大学に行っているが、それは長男として世界を経験させたいという両親の古風な考えからだと思う。

それと愛情は全く別で、両親の愛情はわたしに100%で、姉にも弟にも100%、つまり300%なのだ。
仕事をしている両親は仕事にも100%で、最近は孫にも100%ときている。

愛情は目減りするのではなく、増え続けるものだと感じてきた。
祖母は私を呼んで「あやが一番かわいい。」といつも言っていたが、きっと姉や弟にも言ったに違いない。

では、目減りする親はいるのか。目減りする夫や彼はいるのか。
残念ながらいるのだとおもう。だからそれを相手が感じてしまうのではないか。

目減りをしない愛情をもつと、料理はあまり気負わなくていい。
料理は好きだけれど、手を抜かないと意気込んでいるわけではなく、この目減りしない愛情が料理に向かわせているだけで、
目減りしそうな時は作らない。がんばらないことも目減りしない愛情には大切な気がする。

子供に限らず、夫が外で過ごす時間が多かったり、逆に妻が外にでたりすると機嫌が悪くなる人がいると聞くが、それも目減り人生だ。自分をおいてどこへ行くのだと思っているのだろう。

80歳になる父は、3日続けて友人と外食を続けた母を駅に迎えに行く時、私にLINEしてきた。
「最近お母さん楽しそうだよ。疲れないかなと思うけど、ニコニコしているよ。いまから迎えに行ってくるよ。」
父は全く目減りしないらしい。


目減りをしない家族の関係、仲間の関係を作っていけば、みんなラクだと思うんだけどなぁ。




by kitchenparadise | 2017-04-20 12:10 | 私、こう思う

だから人は強くなれる

「喜んでもらいたい人が見つかると、人は強くなれる。」

そう言ったのは、引退会見をしたばかりの浅田真央ちゃん。


すごいなあ、若いのに。本当の大人です。

子供の頃は自分の為にみんながんばるんでしょうが、少し大人になってくると、自分のためでなく誰か大切な人のためにがんばるほうが力がでるのは確かです。
真央ちゃんの対象は、日本のみんなかもしれないし、お母さんかもしれないし、自分を応援してくれるファン、そのすべてかもしれません。喜んでもらいたい人がいるっていうのは本当に素晴らしいこと。
確かに、活躍している野球選手やサッカー選手にも、「活躍して苦労をかけた母に恩返ししたい」という人がとても多いですね。


料理にも似たところがあるような気がします。
お客様の笑顔がみたいと思う調理人さんは、そのためにどんどん腕が上達するでしょうし、家族が喜ぶと思うとお母さんの料理の腕もあがるでしょう。
私もお嬢が連れてくる友達に土鍋ごはんで炊いたおにぎりを毎夕作っていましたが、「〇ちゃんのママのおにぎりはすごく美味しい!」といつも言ってくれるので、調子にのってもっと美味しい方法が無いものかとおにぎりの握り方や海苔を研究するまでになりました。

逆はどうでしょう。自分の技術向上のためだけに頑張る調理師さん、義務感で料理するお母さん。躓いたときに弱いような気がします。
私も、喜んでくれる人がいない時の料理はお茶漬けだけって時もあるくらいです。スタッフや近くの友人に食べてもらっているのも、絶対喜んでくれるとわかっているから。だからまた頑張ろう、もっと料理が上手になろうと張り切ります。

食べる側の人、ぜひ素直に喜んであげてください。料理を作る人の強い力になるはず。

by kitchenparadise | 2017-04-13 15:25 | 私、こう思う

記号を得て、情景を失う

「老いの場所から」を書いている下河辺牧子さんのエッセイの中に「記号を得て、情景を失う」というのがあった。

育ちざかりの3歳の孫が日々どんどん言葉を獲得していくのに反して、70を過ぎた著者は生き生きと場面こそ浮かぶものの「あれあれ、なんだっけ?」という具合に単語が伴わなくなっている。「記号的」な言葉遣いが苦手になる。その加減がちょうど3歳の孫と同じくらいだと言うおもしろい内容だった。

孫は言う「これ、鉛筆を危なくするもの。鉛筆を人に刺さるようにするんだよ。」
もちろん鉛筆削りのこと。「尖らす」という単語を知らない3歳は、物騒でつたない言葉で説明する。
一方著者も負けず「ほら、あのいい匂いの花。はじめ紫であとで白くなってくる...。なんでしたっけ?」と仲間に尋ねて盛り上がる。
9歳の孫娘もでてくる。「おばあちゃん、昨日かおととい食べたサクサクッとしたあのお菓子、まだある?」
著者は思う。
生き物にとってだいじなのは、体験や状況そのものの記憶のほうで、記号化された時間の記憶のほうではない。老人や子供が状況的表現のもとに暮らすという大らかさが、あらためてすがすがしく自然な姿に思われてくると。

そんな私も少々早い気もするが、40代半ばを過ぎたあたりからよく単語を忘れる。私だけかと思いきや、先日ひさしぶり集合した同級生もみんな同じことを言っていたので、ごく平均的な老いの入口だと納得。仕事をしていると困ることもあるけれど、下河辺牧子さんの感じ方を読んで、ため息をつかなくてもいいんじゃないかと明るくなれた。

「この前ね。あれ食べたよ。ほら、日本海側で獲れる有名な魚。高級な魚でさ、油がのっててすごく美味しくって。」と私。
「え、なんですか?」とスタッフ。
「塩して焼くだけでびっくりするほど甘くて柔らかいのよ。」
「え、なんでしょうね。」
「半分は翌日煮て、それがもうめっちゃ美味しい。赤っぽい魚よ。私も生まれて2回しか食べたことない。
ほら、テニスの選手が一番好きな魚って言ったやん。」
「あ、錦織圭ですか。あ、わかった。のどくろですね!」
「そうよ、それ!のどぐろのどぐろ。」

記号を失ったとしても「美味しい」とか「嬉しい」とか「感動した」とか自由に状況が浮かぶか、そしてそれと誰かにと共有できたらまた楽しい。記号に踊らされず、せまりくる不自由さを気にも留めなくてもいい。幸せや豊かさは、記号でなく記憶そのものだから。

ところで来年アメリカのあそこにいきたいと思ってます。
昔一度行ったんだけどなぁ。長い長い道路とたくさんの橋があって、途中で線路が海の上で切れてて。そうハリケーンで数十年前に壊れたらしいって聞いた。ワシントン州からまだずいぶん南部にあるんだけど。着いたらヘミングウエイが住んでたところがあって。どこまでも地平線が橋でつながっていて。海がとてもきれい。来年こそまた行きたいと思ってるんです。
そう、そこそこ!









by kitchenparadise | 2017-03-30 12:14 | 私、こう思う


福岡の台所道具専門店「キッチンパラダイス」のオーナーAYAの日記。調理道具の実験や考察、お店のお知らせ、そのほか個人的な日常も毎日綴ります。ご連絡はキッチンパラダイスのHPからどうぞ。


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