カテゴリ:私、こう思う( 155 )

物を捨てる蛮勇

蛮勇【ばん・ゆう】とは、

事の理非や是非を考えずに発揮する勇気。

向こう見ずの勇気(デジタル大辞典より)

近頃、どんどん物をすてて断舎利する人たちのことを、「物を捨てる蛮勇」と言い放ったのは、かの有名な作家、桐島洋子さん。
50歳からの聡明な生き方~しなやかに人生を楽しむ37章」の一節だ。

GW中、偶然本屋で見つけたこの本を読みながら、電車の中やカフェの待ち時間に何度ふきだしたことか。おかげで良い休日となった。
30年以上も前「聡明な女性は料理がうまい」というベストセラーを世に出した桐島さんだが、主婦をひとまとめにした上から目線の物言いには、一部異論もあった。(以前書いたブログ、2014/2/18「聡明な女性は料理がうまいへの反論」)
しかしながら古希を過ぎてもなお、こうもお元気で、自由で、歯に衣着せぬ物言いをなさる女性には、もはや尊敬の念しかない。


「50歳からの聡明な生き方」は、あなたたち「聡明」の意味が分かってる?っていう日本女性への問いかけに終始している。
頭の中身だけではなく、心のありようだと。
知情意のバランスが絶妙で、人柄品格も申し分ない人を「聡明」というのだよと。
本物を見抜く目を磨き、それを人生のお守りにすべきだと。
アンチエイジングなんてナンセンスであると。
そんな調子が最後まで続く。

桐島節全開の爽快な内容であったが、とりわけ共感したのが「物を捨てる蛮勇」のことを書いた部分。
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近頃、物を捨てる蛮勇がもてはやされ、ガラクタは勿論、高価な家具だろうと、ブランド・ドレスだとうと要らないと決めたらもう迷わず、トラックいっぱい潔く捨てまくったとか、とくとくと書いている人もいて、「この罰当たりが」とムカついてしまう。
そんなにじゃんじゃん気楽に捨てるから、地球がゴミで埋まりかけるじゃない。要らなくなるようなものは初めから買いなさるな。物の生命をいとおしみ末永く付き合う覚悟で選りすぐったものを買おう。
(第二章 上質に暮らすから)
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物を売る商売をしていながら、物を買うな捨てるな、という考えに同調するのはとても仕事にならんと思うが、本当にそう思っているから仕方ない。
私がそう思ったのは、「人生がと〇めく片付けの魔法」を読んだ時。

例えば若いうち、特にモノを知らないうちは、「すし桶なんてかびるものはときめかないから捨てる」であろうし、「着物なんて母から受け継いでも着ないから売る」かもしれない。底の浅い知識や経験で、早いうちにときめくかどうかで決めるのは、非常に危ないと、そう思った先輩方は多いであろうと思う。

すし桶やおひつが一生もので家族を豊かにする道具であることや、着物が体型がこわれてからこそ着甲斐があることなど、よほど母から叩き込まれない限り、若い時にはわからないだろう。
29歳で結婚した私も、何もかも知っているつもりでいたが、31歳で娘を産み、33歳で店を経営し始めてから初めて、母や祖母が言っていたことがゆっくりゆっくりわかり始めたくらいだ。結婚してから学ぶこと、子どもを育ててわかること、身内や自分が病になってわかること、誰かと出会ってきづくこと、その時々で何が大切かが変わってゆく。いまでさえ「ときめく」「ときめかない」で決める勇気はなかなか無い。おそるおそるだ。

とはいえ、キャッチーでわかりやすいものをみんなが求める風潮が蔓延している世の中では、ときめき流行は仕方ないのかもしれない。

ただし、「捨てなくてよいものを揃えるということ」、これだけは早いうちに自分の指針として見極めたほうが人生は豊かだと思う。

ごらんあれ。桧山タミ先生が揃えている道具はほとんどが昭和30年代からのもの。
この先生にときめかないものがあるとしたら、それは間違いなくそうだろうと思う。

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by kitchenparadise | 2017-05-08 14:35 | 私、こう思う

やさしい返事計画

今日、福岡は暑いです
「今日は暑くてしかたないね。25℃ってよ。」そう言われたら、あなたはなんと答えますか。

「あ~ん、焼けそうでイヤだ~。」「まだ夏物洋服だしてなかったのに~」「水分取らんと熱中症になるよ。」

まぁ、いろいろと返事の仕方はあると思います。

先日、こんな猛暑日にある常連のお客様に「暑いですね~」と声をかけたところ、
「ビールが美味しそうね~。」という返事が返ってきました。

なんと、爽快なお返事。

「暑いよね~、」と声をかけられ「暑いですよね~。」と同意するのも悪くないけれど、
ビールが美味しいって言われたら、なんだか暑さもふっとびます。

「娘が最近反抗するのよ。」そうある友人に電話した時の友人の返事、
「そんなに大きくなったのねー。将来が楽しみね。」
友人のおかげで、グチがグチじゃなくなってしまいました。

一見マイナスな言葉だとしても、相手の優しい返事しだいで、こんなにも気持ちがプラスになるのだと思いました。

お付き合いしている彼女から「どうしていつもすぐに返事くれないの?」と言われたら男性はなんと答えます?

「仕事中返事できるわけないじゃないか!」といえば喧嘩になるけれど、
「すぐ返信できず心配かけたね。」といえば彼の思いやりを感じます。

書類を締め切り後に提出してきた部下に
「いつまで待たせるんだ」という代わりに「待ってたよ。」はどうですか。

たったひとことの返事に思いやりがくっついてくるような感じ。そんな上司ならついていきたくなるでしょ。


まだ寒いのに短パンをはいて颯爽とお店にこられたご常連料理の先生との会話。
「寒くないですか?こんな短いとまわりの視線感じませんか?」
「み、せ、て、る、の。(ニンマリ)」

上級者編。まいりました。


せっかく会話するなら、相手のことを考えた返事をしましょうよ!
「やさしい返事計画」です。








by kitchenparadise | 2017-05-01 16:32 | 私、こう思う

お手洗いは入口から遠いほうを使え

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「プレジデント」の5月1日号は「できる大人の満点マナー」という特集でした。そのインタビューに野村HDのCEOの
「お手洗いは入り口から遠いほうを使いなさい」という記事がありました。

こんな内容です。

会食では、入り口から遠いところが上座にあたるのはごぞんじのところ。目上の方やお客様に奥に座っていただき、自分は入り口近くに座るのがマナーですが、

では、お手洗いはどうですかって話。

お手洗いは会食と逆。入り口から近いところは忙しい人のためのものだから、急いでいないなら自分は奥を使ったほうが相手に失礼がないですよと。この永井さんというCEOは、のちに会長になった方にそのことを教えられ、その方は会長になっても「昔のクセがなおらない」と奥を使っていたといいます。

そのほかにも背の高い上司が相手に威圧感を与えないように、かがむのではなくさりげなく少し足を開いて立つこと、ゴルフプレーでは競争でなく相手に楽しんでもらくことがマナーだと書いてありました。

ところで、キチパラでは毎日多くのお客様にメールをいただきますが、とても気遣いのあるコメントを送ってくださる方もおられ、頭が下がります。
例えば、商品が入荷待ちという私たちからのお詫びメールの返信で「急ぎませんので、ゆっくりでかまいませんよ」とか、「早々にお返事いただき助かります」など。お会いしたこともないお店の私たちに温かさを感じるメールをご返信くださるのです。そのようなメールをいただくたびに、スタッフ一同みんなで読んで感謝しています。勉強になります。


「できる大人のマナー」というキャッチーなタイトルはあまり好きではありませんが、本当の大人は、このような言動があたりまえにできる、こころに余裕がある人のことなのだろうと思います。表面的なことにとらわれず、上司と部下、お客と店といったような上下の関係性などにも縛られず、相手にとって何が必要かを考える心をもっている人。

そういえば、劇場の幕間のお手洗いはいつも長い行列ができていますが、みんながみんな急いでいるので我先にと近くからどんどん入っていきます。ちょっとしたことですが、自分が奥から入ってあげれば後の人は少し早く便利になるってことなのですね。気が付かなかったことです。今度からそうしましょう。学びを続け、相手をおもんばかるということがあたりまえにできる大人になっていきたいものです。


by kitchenparadise | 2017-04-24 14:12 | 私、こう思う

100%の愛情

雑誌の記事で、姉妹間のねたみやひがみでライバル関係になり、家を出たあと連絡も取り合わなくなったと読んだ。

姉は言う。妹のほうが成績がよくてかわいがってもらった。
妹も言う。姉は母に甘えすぎている。お金ばかりせびって。
どちらがかわいがられたとか甘えたとか、姉妹で母の取り合いらしい。

兄弟姉妹でなくても似たような感情はある。相手は人ではなく、仕事だ。
「仕事とわたし、どっちが大事なの?」女性がたまに聞いてしまう。
「君だよ」と言ってほしいという、単なる愛情確認か、甘えなのか?
ちなみにそう聞かれたら「そんなさびしい思いさせてごめんな。」といい、答えを出す必要ないのではないかと思う。
男性は、だいたい仕事と彼女を比べたことなんてないでしょう。え、比べるのかな?

どうやらそのような人たちは、愛情はパーセンテージで決まると思っているのではないか。
母親の愛情は100%のうち、80%が妹で、20%しか私には無いというふうに、目減りすると思っているに違いない。

他に気持ちがいくと目減りするから、
仕事に90%の時間を費やすと彼に心配になったり怒ったりしてしまうとか、
妹をかわいがると腹がたつ、ってことになる。

私は母の愛情は目減りしないと思っている。

私は3人兄弟の真ん中なので、ほかの二人より(たぶん)あまり手がかかっていない。
2つ上の姉の塾には毎日父が送り迎えしていたけれど、私は自転車で往復していた。最近になって「なぜかお姉ちゃんだけは送り迎えだったなぁ。」と父から聞いたけれど、それは姉のほうが性格的に心配だっただけだと思う。
弟は日本と海外の2つの大学に行っているが、それは長男として世界を経験させたいという両親の古風な考えからだと思う。

それと愛情は全く別で、両親の愛情はわたしに100%で、姉にも弟にも100%、つまり300%なのだ。
仕事をしている両親は仕事にも100%で、最近は孫にも100%ときている。

愛情は目減りするのではなく、増え続けるものだと感じてきた。
祖母は私を呼んで「あやが一番かわいい。」といつも言っていたが、きっと姉や弟にも言ったに違いない。

では、目減りする親はいるのか。目減りする夫や彼はいるのか。
残念ながらいるのだとおもう。だからそれを相手が感じてしまうのではないか。

目減りをしない愛情をもつと、料理はあまり気負わなくていい。
料理は好きだけれど、手を抜かないと意気込んでいるわけではなく、この目減りしない愛情が料理に向かわせているだけで、
目減りしそうな時は作らない。がんばらないことも目減りしない愛情には大切な気がする。

子供に限らず、夫が外で過ごす時間が多かったり、逆に妻が外にでたりすると機嫌が悪くなる人がいると聞くが、それも目減り人生だ。自分をおいてどこへ行くのだと思っているのだろう。

80歳になる父は、3日続けて友人と外食を続けた母を駅に迎えに行く時、私にLINEしてきた。
「最近お母さん楽しそうだよ。疲れないかなと思うけど、ニコニコしているよ。いまから迎えに行ってくるよ。」
父は全く目減りしないらしい。


目減りをしない家族の関係、仲間の関係を作っていけば、みんなラクだと思うんだけどなぁ。




by kitchenparadise | 2017-04-20 12:10 | 私、こう思う

だから人は強くなれる

「喜んでもらいたい人が見つかると、人は強くなれる。」

そう言ったのは、引退会見をしたばかりの浅田真央ちゃん。


すごいなあ、若いのに。本当の大人です。

子供の頃は自分の為にみんながんばるんでしょうが、少し大人になってくると、自分のためでなく誰か大切な人のためにがんばるほうが力がでるのは確かです。
真央ちゃんの対象は、日本のみんなかもしれないし、お母さんかもしれないし、自分を応援してくれるファン、そのすべてかもしれません。喜んでもらいたい人がいるっていうのは本当に素晴らしいこと。
確かに、活躍している野球選手やサッカー選手にも、「活躍して苦労をかけた母に恩返ししたい」という人がとても多いですね。


料理にも似たところがあるような気がします。
お客様の笑顔がみたいと思う調理人さんは、そのためにどんどん腕が上達するでしょうし、家族が喜ぶと思うとお母さんの料理の腕もあがるでしょう。
私もお嬢が連れてくる友達に土鍋ごはんで炊いたおにぎりを毎夕作っていましたが、「〇ちゃんのママのおにぎりはすごく美味しい!」といつも言ってくれるので、調子にのってもっと美味しい方法が無いものかとおにぎりの握り方や海苔を研究するまでになりました。

逆はどうでしょう。自分の技術向上のためだけに頑張る調理師さん、義務感で料理するお母さん。躓いたときに弱いような気がします。
私も、喜んでくれる人がいない時の料理はお茶漬けだけって時もあるくらいです。スタッフや近くの友人に食べてもらっているのも、絶対喜んでくれるとわかっているから。だからまた頑張ろう、もっと料理が上手になろうと張り切ります。

食べる側の人、ぜひ素直に喜んであげてください。料理を作る人の強い力になるはず。

by kitchenparadise | 2017-04-13 15:25 | 私、こう思う

記号を得て、情景を失う

「老いの場所から」を書いている下河辺牧子さんのエッセイの中に「記号を得て、情景を失う」というのがあった。

育ちざかりの3歳の孫が日々どんどん言葉を獲得していくのに反して、70を過ぎた著者は生き生きと場面こそ浮かぶものの「あれあれ、なんだっけ?」という具合に単語が伴わなくなっている。「記号的」な言葉遣いが苦手になる。その加減がちょうど3歳の孫と同じくらいだと言うおもしろい内容だった。

孫は言う「これ、鉛筆を危なくするもの。鉛筆を人に刺さるようにするんだよ。」
もちろん鉛筆削りのこと。「尖らす」という単語を知らない3歳は、物騒でつたない言葉で説明する。
一方著者も負けず「ほら、あのいい匂いの花。はじめ紫であとで白くなってくる...。なんでしたっけ?」と仲間に尋ねて盛り上がる。
9歳の孫娘もでてくる。「おばあちゃん、昨日かおととい食べたサクサクッとしたあのお菓子、まだある?」
著者は思う。
生き物にとってだいじなのは、体験や状況そのものの記憶のほうで、記号化された時間の記憶のほうではない。老人や子供が状況的表現のもとに暮らすという大らかさが、あらためてすがすがしく自然な姿に思われてくると。

そんな私も少々早い気もするが、40代半ばを過ぎたあたりからよく単語を忘れる。私だけかと思いきや、先日ひさしぶり集合した同級生もみんな同じことを言っていたので、ごく平均的な老いの入口だと納得。仕事をしていると困ることもあるけれど、下河辺牧子さんの感じ方を読んで、ため息をつかなくてもいいんじゃないかと明るくなれた。

「この前ね。あれ食べたよ。ほら、日本海側で獲れる有名な魚。高級な魚でさ、油がのっててすごく美味しくって。」と私。
「え、なんですか?」とスタッフ。
「塩して焼くだけでびっくりするほど甘くて柔らかいのよ。」
「え、なんでしょうね。」
「半分は翌日煮て、それがもうめっちゃ美味しい。赤っぽい魚よ。私も生まれて2回しか食べたことない。
ほら、テニスの選手が一番好きな魚って言ったやん。」
「あ、錦織圭ですか。あ、わかった。のどくろですね!」
「そうよ、それ!のどぐろのどぐろ。」

記号を失ったとしても「美味しい」とか「嬉しい」とか「感動した」とか自由に状況が浮かぶか、そしてそれと誰かにと共有できたらまた楽しい。記号に踊らされず、せまりくる不自由さを気にも留めなくてもいい。幸せや豊かさは、記号でなく記憶そのものだから。

ところで来年アメリカのあそこにいきたいと思ってます。
昔一度行ったんだけどなぁ。長い長い道路とたくさんの橋があって、途中で線路が海の上で切れてて。そうハリケーンで数十年前に壊れたらしいって聞いた。ワシントン州からまだずいぶん南部にあるんだけど。着いたらヘミングウエイが住んでたところがあって。どこまでも地平線が橋でつながっていて。海がとてもきれい。来年こそまた行きたいと思ってるんです。
そう、そこそこ!









by kitchenparadise | 2017-03-30 12:14 | 私、こう思う

料理屋の料理と家庭の料理

先日、料理家の土井善晴先生のインタビューで興味深い記事が。「料理屋の料理と家庭の料理」についてのこと。

土井善晴先生はもともと、京都の吉兆で修行していたそうなのですが、30歳を前に辞めて、父で料理研究家の土井勝先生の手伝いをしていたそうです。料理屋の料理から家庭料理へ転職されたんですね。そんな土井先生が感じたのは、料理屋で働いているとほんとうの旬がわからなくなっていたということ。常に走り物(時季のはじめにとれたもの)を使うので、家庭より断然時期が早いのだそうです。旬が3ヵ月くらい前出しになってしまうとか。
また、料理屋では建前として「日本料理は素材を活かす」なんて言い方がありますが、実際プロの場合は、ほうれん草を茹でただけとかお浸しだけとかなんて叱られる。昔ながらの料理屋は、たとえばほうれん草ならそのアクをぜんぶ抜いて、だしの味と入れ替えるような仕立てをして、提供しているのだと。
昔はいまより家庭で明らかに美味しいものを食べていたので、料理屋はそれ以上のことをしないとダメだったと言います。

なるほどー、その通りで。プロにはプロとしての仕事があるわけです。

料理屋はたくさんの人数作るから、下ごしらえの技術が必要だったけれど、家庭ではやろうと思えばいくらでも新鮮な材料を使えてすぐに調理できますし、自分で野菜を作る人もいるくらいで、まずくなる暇がないといます。それに家庭料理ならその時の体調に応じても、気分しても、いくらでも食べたいものを作れます。昔と違っていまは物流も便利で、家庭料理バンザイなわけですよね、考えたら。

にもかかわず、コンビニやデパ地下が重宝されるいま世の中は、家庭は新鮮でなく、味も濃く、添加物いっぱいの食卓になってしまいました。代わりに今の料理屋さんが昔の美味しい家庭料理に近づいてきているのかもしれません。家庭料理、大事にしたいですね。アクはアクのままで食べていいのも家庭料理。旬を先取りせず、その時期の栄養と考えて存分に取り入れられるのも家庭料理。家庭料理は自由自在。すごいのです。


by kitchenparadise | 2017-03-21 15:28 | 私、こう思う

一生勉強するって。

3年ほど前、90歳を超えた韓国の名誉教授から「韓国と日本の食文化研究」の論文のコピーを渡された。
「文さんは台所道具の研究をなさっているなら、これを読んでもう少し深く学ばれたら。」と。

尊敬する大先生からのお心遣いに恐縮し「ありがとうございます」と深々とお礼したものの、学が無い私にとっては大学の論文は非常に難しすぎる内容だった。いまだなお理解できない。前回お会いした時には「文さん、勉強していますか?」と問われ、「あ、はい、少しは。」と自信のない返事しかできず恥ずかしかった。

ソウル在住のその教授は、94歳になられる現在も自宅で静かにご自身の勉強を続けておられ、月に1回は専門家の先生方と「食文化研究会」をいう勉強交流会をなさっている。研究会のほかの5.6人の先生も退官され70を過ぎた女性研究者の先生方だ。

若い子たちは受験があるから勉強する。次に、いい会社に入りたいから勉強する。そして社会人になっても資格試験や業務を学ぶために勉強する。会社で偉くなるためにも勉強するだろう。私も台所道具については本を読んだり、実験したりして知識を増やそうとしている。そもそも好きなことではあるが、いまは多くが仕事のためだ。


20年前、アメリカのバルチモアに住む、もと西南大学の先生で宣教師でもあった父の恩師を訪ね1週間滞在したことがある。
アメリカ人のH先生は80歳近かったと思う。早朝5時に起きて、私が起きる7時過ぎまで書斎で聖書をお読みになった。毎朝の日課らしかった。
「先生、常に勉強なのですね。」と言うと、
H先生は「何千回、何万回読んでも、まだまだわからないことばかりですから。」とニッコリとお答えになった。


うちのお嬢も次年度の受験予備軍に突入し、先輩方の合否を聞きながらそろそろ勉強し始めたようだ。でも私は「勉強してすごいね。」としか言えない。私自身が満足のいく勉強をしていないから、とても娘に勉強しなさいなんて言えない。

なぜ私が憧れる先輩方は勉強なさるのか。尊敬するばかりでなかなか自分はそうはなれない。

試験や昇格や社会への確かな関わりとか、結果ではなく、自分のためにこれからこそ勉強するということが必要であることを、そろそろ私の年齢で気が付かなくてはいけないのではないだろうか。飽和のない知識や思考の先を進んでいくと、何歳でも人は進化し、もっと多様な視点や価値観が生まれ、心を自由にしてくれるのではないか。

先日19年ぶりに表舞台にでてきた小沢健二さんがインタビューにこう答えたのが印象に残った。
「19年の間、アメリカや開発途上国に住みいろいろ勉強してきたので、いまは世の中で起こることが怖くないです。はい、いまも勉強は続けています。」



by kitchenparadise | 2017-03-09 12:14 | 私、こう思う

プレミアムフライデー

▪️おしらせ: 3月4日(土) 田中博子さんのジャム講座、午後にに空きがでました。ご希望の方はご連絡下さい。

昨日からプレミアムフライデーとやらが始まったらしい。キチパラのスタッフから「うちはプレミアムフライデー対策はするんでしょうか?」と聞かれて思い出した。

ちょうど友人がやってきたので「そちらの会社はプレミアムフライデーやってる?」と聞くと、
「あぁ、あの恵方巻みたいなやつね。」と返された。笑)

なるほど。確かに消費を促す策だといえば、恵方巻だ。だが、恵方巻は在庫がわんさか残るが、プレミアムフライデーで残るのは仕事だけ。
誰かの街頭インタビューで言うとおり、「帰っても仕事の量は変わらないし、結局どこかでしごとやんなきゃいけないからね。」ということだ。

銀座の奥様のインタビューは、ステキ(!?)な解答だった。「プレミアムフライデーでご主人が早く帰宅されたらどうしますか?」に対して、
「子供の面倒みてもらう。」「たまには食事作ってもらう。」笑)
奥様を助けるために早く帰るというのも、ステキなプレミアムフライデー。
「早く帰るから、何してほしい?」なんて聞いてくれるご主人なら、さらに理想的で100点。

かくいう私は昨日、プレミアムすぎるフライデーだった!私が25年以上大ファンであるシンガーソングライターの小沢健二さんが、19年ぶりにテレビの生放送(ミュージックステーション)に出るという、まさにプレミアム中のプレミアム。盆と正月と誕生日とクリスマスと、あれとこれとが一緒にやってきた。さらにNEWS ZEROのロングインタビューにも登場してくれた。

あまり知られていないが、小沢さんは10年ほど前から、世界の、特に発展途上国などに長期滞在しながら、その国々の様子や、外から見た日本などを、「うさぎ!」という物語(現代版イソップ物語かな)として綴っている。ミュージシャンなのか学者なのか、ちょっとした冒険家なのか、非常につかみにくい方だが、とにかくそんな活動を自由に行っている。そんな彼が突然表舞台に戻ってきたので、もうびっくりなフライデーだったわけである。

話が長くなるので、私のプレミアムはいいとして。
キチパラはいまのところプレミアムフライデーは考えておりません。自分で自由に早帰りができ、自由に家族との時間を作れるような風潮になればよろしいけどなぁ。会社から促されるのでなく。会社に貢献して、自由を勝ち取る、みたいな感じで。



by kitchenparadise | 2017-02-25 18:11 | 私、こう思う

東洋経済の「お弁当作りで消耗する必要はない」記事を読んで

今日はこの記事についてひとこと言いたい。

「お弁当作りはあなたにとって消耗?」
 

東洋経済オンラインで、フランス在住のライターさんが書いた今朝の記事。一部抜粋。 
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フランス人は手の込んだお弁当を作らない。子供の遠足の時でさえ、バゲット、パック入りのハム、チーズ、ポテトチップ、みかんなどをもってきて、子ども自らバゲットにはさんでたべる。フランス人は見栄えのいいお弁当と作ると言う発想がない。共働きをしている知人の母親に「日本のようなお弁当を作ってもらいたいと思うか」と聞くも、「作るのが大変だと思うし、そんなに手間のかかったピクニックは必要ないです」という返事。合理的で、作り手のストレスがないのがフランス流。力が抜けた。日本でもお弁当は簡略化できないか。
という記事だった。

この方はフランスにいるわけだから、郷に入れば郷に従ってもいいと思う。それを求めるならそれでいい。もっというなら、お弁当作りを消耗だと思うのなら、消耗するようなお弁当を作る必要はないと思う。買ってきたもので美味しいものはいくらでもある。家族に作るお弁当がストレスになるのなら、家族はそのストレスを食べているということ。それじゃあ食べるほうが可哀そう。

私がカリフォルニアに留学した時、ホストのママが毎日ランチバックを持たせてくれた。平均的な家庭で、毎週末コストコでドカ買い、朝はダンキンドーナツ、夜はサラダ、オーブンで焼いただけの肉、ポテトが常。ランチには、記事と同じように、パンとハムとチーズ。それにパックのオレンジジュース。たいていバナナかリンゴが入ってた。チーズやパンの美味しさにアメリカとフランスの違いはあるかもしれないけれど似たようなもの。それがアメリカなので不満はない。アメリカはパンが主食で、腸が短い。このランチスタイルが根付いている。もちろん多様化で違う人もたくさんいて、トーフを毎日食べるニューヨーカーもいるらしいけれど、私が知る田舎の家族の大半はそんなのが多い。私が訪れたイギリスでは、夜はオーブン料理だった。共働きのママ(パパ)は帰ってきてオーブンに入れるだけ。だから焼いている間は子供と遊べるというわけで、子どもを産んだ後は参考になるなと思ったのを覚えている。その土地の文化が時代で変化をとげているが、基本はあまり変わっていないのだと思う。

さて、私も毎日お弁当を作っている。最近はスタッフと自分にもおおめに作っている。毎日朝食づくりと合わせて20分ほどしか時間はかけず、ストレス、消耗はほぼない。ちょっときついなという時や寝坊した時などは、おにぎりだけ持たせるだけの時もあるし、学校のカフェで食べてねという時もある。できない自分はあっさり許す。

私はなぜお弁当を「消耗」だと思わないか。それは、「お弁当にバランスが良く、安全な昼食と食べさせたい」から。それが1時間もかかるなら毎日はやれてない。私は道具屋なので短時間で美味しくできる道具がわかるし、おにぎりと玉子焼き、茹でた野菜に塩をかけるだけでも十分だと思う。私の母のように忙しい中、ぱぱっと作ってくれたように、同じようにやっている。

記事であるように、まわりがどんな手の込んだお弁当を作ろうが、見栄えが悪かろうが、帰宅した子供が洗わなかろうが、たまに簡素化しようがしまいが、そんなの基本的には気にしない。作ってあげたいという自分の気持ちが大切だと思っている。だからフランスがどうであれ、日本がどうであれ、気にする必要なんて全くないのだ。この子に、何を食べさせたいか、何がいいのかだけを考えれば、それがおにぎりにたくわんだけだろうが、さしみを入れたパンであろうが、かまわない。

フランス人と日本人が違うとすれば、人は人、自分は自分と思っているところかもしれない。力をぬくのは、パンチーズで納得するのではなく、頑張りすぎないということだけ。ストレスに感じないようなちょっとした料理の知識なんて、今の時代すぐに手に入る。消耗、なんていう言い方は、子どもたちに残してほしくない。

ここまで書いたらスタッフから注意されてしまたt。世の中には料理苦手の人もいますしねーと。
いやぁ、そうでしょうそうでしょう。だから、おにぎりだけでもいい、気負わないでいいと、これからのママたちには伝えたい。

この記事を書いた記者が「力が抜けた」というのは、第一歩。力を抜いたうえで楽しく工夫できたらいい。
手間はかけなくても思いをこめることは誰でもできる。

フランスのマネでなく、日本ならではのお弁当とそこにこめる純粋な思いが、祖母から母へ、母からわたしへ、わたしから娘へ、娘からその先へ続いていくと信じている。

by kitchenparadise | 2017-02-21 15:19 | 私、こう思う


福岡の台所道具専門店「キッチンパラダイス」のオーナーAYAの日記。調理道具の実験や考察、お店のお知らせ、そのほか個人的な日常も毎日綴ります。ご連絡はキッチンパラダイスのHPからどうぞ。


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